【カンプノウの回想】その時歴史が動かなかったら。ネイマールを巡る、"if"ストーリー。
時は2017年夏。
そしてネイマール。
欧州最強トリデンテを抱えながらリーガもCLも落とし、一冠のみに終わった16-17シーズン。
MSNトリオを擁するバルセロナは、まさに変革の時を迎えていた。
ルイス・エンリケの後任は、アスレチック・ビルバオでの手腕が認められた、エルネスト・バルベルデ。
彼に課された使命は、MSNトリオを活かしながら、さらにチームをどう進化させるか。
14-15シーズンに圧倒的な強さで3冠を達成してから、2年間エンリケにのし掛かっていたのと同じ、重い重い課題である。
MSNの控え問題、未だ見つからないシャビの後継者問題、そして33歳を迎えたイニエスタの後釜問題。
チーム強化の枷にもなり得るバスク純血主義を掲げるクラブでありながら、
創設以来一度も2部降格を味わったことがない、
というリーガ屈指の重圧がかかるビルバオというチームで、4年にも渡って指揮をとったバルベルデの手腕に、誰もが期待の目を向けていた時期である。
そんなバルベルデの身に降りかかった最初の試練が、
『パリ・サンジェルマン、ネイマール獲得に向けて契約解除金2億2000万ユーロを準備』
というとんでもないニュース。
大きな歴史の分かれ目、2017年8月3日。
この日のネイマールの行動は、
その後のサッカー界の歴史に大きな影響を与えることになる。
「レベルの落ちるリーグ・アンで王のように振る舞うよりも、世界最高のクラブであるバルセロナで、"僕ら"は正真正銘の王になる。」
MSN解体の危機に戦々恐々としていた世界中のバルセロナファンたちはその男気に涙を流した。
「NEXTメッシの獲得」という公約を掲げながらネイマール・オペレーションに失敗したPSGのナセル・アル=ケラフィ会長は激怒。
この夏の移籍市場で、10代最高の選手としてキリアン・ムバッペを、そして20代最高の選手として、
エデン・アザールを引き抜いた。
「我々にとって必要なのはブラジルの"我儘坊や"ではなく、今私の隣にいる紳士のように、クレバーな選手だ。」
アル=ケラフィ会長の"世界一高価な負け惜しみ"は、瞬く間にサッカーファンの嘲笑の的となった。
一方。
なんとかMSNトリオを死守したバルセロナはこの夏、カンテラ出身のジェラール・デウロフェウを買い戻し。
パコ・アルカセルと両サイドこなせるデウロフェウをローテーション要員としてうまく使い、勝負所ではMSN。
ドルトムントの新星ウスマン・デンベレがドイツの地で怪我に悩むのを横目に、バルベルデ政権は順風満帆の前半戦を過ごした。
時は流れ、2018年1月。
間も無く24歳を迎えるデウロフェウが、レギュラーの座を求めてワトフォードに旅立った。
当然その代役を探すことになるのだが、これが見つからない。
エンリケ時代からの悩みだが、絶対的レギュラーが3枠確定してしまっているバルセロナに、わざわざ来たがるフォワードなどそうそういないのである。
イングランドではこの移籍期間、リバプールがDF史上最高額でフィルジル・ファン・ダイクを獲得。
アーセナルのピエール・エメリク・オーバメヤンや、マンチェスターUのアレクシス・サンチェス。
プレミア勢の大盤振る舞いを尻目に、スペイン勢は静かなマーケットを過ごすことになった。
デウロフェウのめぼしい代わりも見つからぬまま迎えたシーズン後半戦。
ついに一番恐れていた悲劇が起きる。
2018年2月25日。
ネイマールが右足を骨折して残りのシーズン絶望。
代わりのいないバルセロナの前線において、一番あってはならない事件。
バルベルデにとっては、一度失いかけたネイマールというピースを半年遅れで失った形となった。
トリデンテの一角を欠いたバルベルデは、伝統の3トップを捨て4-4-2のフォーメーションにシフトチェンジ。
しかし、勝負所で駒不足に悩むバルベルデ。
アンドレ・ゴメスやアレイクシス・ビダルの不安定なパフォーマンスが露呈し、
そしてチームも慣れないフォーメーションで崩壊。
不本意な後半戦を送ることとなった。
対して、
モハメド・サラー、サディオ・マネ、ロベルト・フィルミーノの3トップにフェリペ・コウチーニョを加えてうまくローテーションし、世界屈指の攻撃力を誇るリバプール。
そして3連覇を狙う、ジネディーヌ・ジダン率いるレアル・マドリードがCL決勝で激突。
見事クリスティアーノ・ロナウドは9年に及ぶマドリー生活をCL3連覇の偉業で締めくくった。
再起を誓って迎えた18-19シーズン。
さらに相変わらずめぼしい控えフォワードをマウコムしか獲得できなかったバルセロナ。
この年も前半戦は好調、しかし1月末にネイマールが中足骨骨折と、またも負傷離脱。
移籍期間終了間際の怪我ということも重なり、代替フォワード候補に振られっぱなしの悲しきバルベルデ。
なんとかオリンピック・リヨンを下して望んだCL準々決勝。
対するはムバッペ、エディンソン・カバーニ、そしてアザールという3トップが絶好調。ラウンド16でマンチェスターUを下してきた因縁のパリ・サンジェルマン。
メッシとスアレスの勤続疲労が痛いバルセロナは手も足も出ず完敗。
"世界一高価な負け惜しみ"だったはずのネイマール獲得失敗が、 1年半の歳月を経て逆転するという無情。
4月末のネイマール復帰を待たずして、バルセロナはトーナメントから姿を消すことになった。
2年連続の後半戦大失速を重く見たフロントは2019年夏、ネイマールの売却と、その資金による複数人の代役獲得を決意。
代役候補は、
ドルトムントでジェイドン・サンチョと快速コンビを組むウスマン・デンベレ、
リヴァプールで黄金の前線カルテットを結成したフェリペ・コウチーニョ、
そして左ウィングに加えてスアレスの代役としても期待できるアトレチコ・マドリードのアントワーヌ・グリーズマンといった面々である。
しかし、
高い週給とシーズン佳境の冬場に離脱してしまう故障体質、またピッチ内外での素行の悪さが災いして、なかなか買い手がつかないネイマール。
他クラブに売り込まれたことを根に持ち、公然と首脳批判を繰り返す始末。
グリーズマンがビデオメッセージでクラブへの忠誠を誓い、ファン絶頂のアトレチコ・マドリード。
ヴィニシウス・ジュニオールやロドリゴ、久保建英という勢い豊かな若手コレクションに、
背番号7、 "ロナウドの後継者" ことジョアン・フェリックスを追加したレアル・マドリード。
なにかと楽しそうな首都マドリードのサッカーファンのTwitterを眺めながら、あるカタルーニャの古参バルセロナファンはこう呟くのだ。
「Aquell dia,Neymar s'hauria d'haver traslladat a PSG」
(あの日、ネイマールがPSGにいけばよかったのに)